戦歴

弊部の戦歴をご紹介致します。

 

◆History of Keio Baseball since 1888◆

東京六大学野球リーグ 優勝 34回(春18,秋16) 最新の優勝 平26年(2014)春
 
全日本大学野球選手権 優勝 昭27年(1952)  
    昭38年(1963)  
    昭62年(1987)  
明治神宮大会 優勝 昭60年(1985)  
    平4年(1992)  
    平12年(2000)  

 

部 長 監 督 主 将 記 事
明21 1888           三田ベースボール倶楽部組織
明22 1889            
明23 1890            
明24 1891            
明25 1892           慶應義塾体育会創設
明26 1893            
明27 1894            
明28 1895            
明29 1896            
明30 1897            
明31 1898            
明32 1899            
明33 1900 山口大造   渡辺万治郎      
明34 1901 山口大造         静岡・関西へ初の遠征
明35 1902 山口大造          
明36 1903 名取和作   宮原 清     第1回早慶戦
明37 1904 名取和作   宮原 清      
明38 1905 名取和作   時任彦一      
明39 1906 名取和作   桜井弥一郎     早慶戦中止
明40 1907 名取和作   桜井弥一郎      
明41 1908 堀江帰一   高浜徳一     ハワイへ初の海外遠征
明42 1909 堀江帰一   高浜徳一      
明43 1910 田中萃一郎   神吉英三     直木松太郎野球規則を翻訳
明44 1911 田中萃一郎   神吉英三
佐々木勝麿
    第1回米国遠征
大1 1912 田中萃一郎   佐々木勝麿
森 茂樹
     
大2 1913 田中萃一郎   菅瀬一馬      
大3 1914 田中一貞   菅瀬一馬     慶早明三大学リーグ発足
米国遠征
大4 1915 田中一貞   高浜 茂      
大5 1916 田中一貞   三宅大輔      
大6 1917 田中一貞   三宅大輔     法大加入、四大学リーグ発足
大7 1918 田中一貞   (春)平井卯之助
(春)沼田久男
(秋)松田恒政
     
大8 1919 田中一貞   森 秀雄     満州遠征
大9 1920 田中一貞   森 秀雄      
大10 1921 小林澄兄   高須一雄     立大加入、五大学リーグ発足
大11 1922 小林澄兄   高須一雄      
大12 1923 小林澄兄   新田恭一     満州遠征
大13 1924 小林澄兄 (直木松太郎) 桐原真二     上海遠征
大14 1925 小林澄兄 三宅大輔 山岡鎌太郎   3位 六大学リーグ発足
大15 1926 小林澄兄 腰本 寿 青木修平 優勝 2位 神宮球場完成
昭2 1927 小林澄兄 腰本 寿 原田安次郎 優勝 2位 (春)浜井武夫首位打者
応援歌若き血完成
昭3 1928 小林澄兄 腰本 寿 岡田貴一 渡米 欠場 優勝 10戦無敗優勝
米国遠征
昭4 1929 小林澄兄 腰本 寿 岡田貴一 優勝 2位 (秋)山下実首位打者
初の天覧試合(早慶戦)
台湾遠征
昭5 1930 小林澄兄 腰本 寿 岡田貴一 優勝 2位 (春)宮武三郎首位打者
宮武三郎7本塁打新記録
昭6 1931 小林澄兄 腰本 寿 梶上初一 優勝 4位  
昭7 1932 小林澄兄 腰本 寿 牧野直隆 優勝 2位 (春)勝川正義首位打者
昭8 1933 恒松安夫 腰本 寿 牧野直隆   4位 (秋)リンゴ事件(*1)
昭9 1934 恒松安夫 腰本 寿 水谷則一   5位  
昭10 1935 恒松安夫   土井寿蔵 5位 4位  
昭11 1936 恒松安夫 森田 勇 勝川正義 4位 5位  
昭12 1937 恒松安夫 森田 勇 岡 泰蔵 3位 5位 満州遠征
昭13 1938 浅井 清 森田 勇 (春)灰山元治
(秋)桜井寅二
4位 2位 南洋遠征
昭14 1939   森田 勇 楠本 保 2位 優勝  
昭15 1940   森田 勇 楠本 保 1位 2位 (春)慶明立3校優勝預かり
(秋)根津辰治首位打者
ハワイ遠征
文部省野球弾圧
昭16 1941   森田 勇 高木正雄 4位 2位 (春)大館盈六首位打者、
稲葉誠治ノーヒットノーラン
日吉へグラウンド移転
文部省指導理念を明示
昭17 1942 平井 新 森田 勇 (春)宇野光雄
(秋)山村吉隆
2位 5位 (春)別当薫首位打者
戦局深刻化
昭18 1943 平井 新 森田 勇 (春)山村吉隆
(秋)阪井盛一
    六大学野球連盟解散(*2)
昭19 1944   森田 勇        
昭20 1945 浅井 清 森田 勇        
昭21 1946   宇野光雄 別当 薫 優勝 2位 六大学野球連盟復活
昭22 1947 田中荊三 上野清三 (春)大島信雄
(秋)加藤 進
優勝 優勝 (春)久保木清首位打者
昭23 1948 石丸重治 上野清三 久保木清 4位 4位 (秋)平古場昭二:
ノーヒットノーラン
昭24 1949 石丸重治 阪井盛一 高橋久雄 5位 優勝 (春)加藤雄司:ノーヒットノーラン
(秋)山村泰弘:首位打者、シーズン30安打
昭25 1950 石丸重治 阪井盛一 (春)徳丸幸助
(秋)山村康弘
3位 5位 (春)前田祐吉:
防御率0.00
(昭24秋~昭25春)
山村泰弘22試合連続安打
昭26 1951 石丸重治 阪井盛一 平古場昭二 2位 優勝  
昭27 1952 石丸重治 阪井盛一 松本 豊 優勝 2位 第1回大学選手権優勝
(春)福沢弘行・松本豊首位打者
昭28 1953 石丸重治 阪井盛一 河合貞雄 3位 4位  
昭29 1954 石丸重治 阪井盛一 山下新造 2位 3位 (春) 日野美澄首位打者
藤田元司ノーヒットノーラン
昭30 1955 石丸重治 阪井盛一 佐々木信也 3位 3位 (春)衆樹資宏三冠王
藤田元司通算31勝
昭31 1956 石丸重治 稲葉誠治 衆樹資宏 4位 優勝 (秋)中田昌宏首位打者
昭32 1957 石丸重治 稲葉誠治 黒松俊一郎 2位 5位  
昭33 1958 石丸重治 稲葉誠治 巽 一 2位 4位 (春)赤木健一首位打者
昭34 1959 山本 登 稲葉誠治 高橋捷郎 4位 3位  
昭35 1960 山本 登 前田祐吉 渡海昇二 3位 2位 (秋)早慶6連戦
昭36 1961 山本 登 前田祐吉 安藤統夫 2位 3位 (春)榎本博明首位打者
昭37 1962 山本 登 前田祐吉 田浦正昭 3位 優勝 (春)本郷良直首位打者
(秋)榎本博明:首位打者(2度目)
昭38 1963 山本 登 前田祐吉 西岡浩史 優勝 2位 大学選手権優勝
(秋)西岡浩史首位打者
昭39 1964 山本 登 前田祐吉 佐藤政良 2位 優勝 (春)渡邉泰輔 完全試合
昭40 1965 島崎隆夫 前田祐吉 江藤省三 4位 3位 小泉信三先生始球式
昭41 1966 島崎隆夫 近藤良輔 吉原 裕 6位 5位  
昭42 1967 島崎隆夫 近藤良輔 大滝隆太 優勝 4位 大学選手権準優勝
(秋)宇賀山徹首位打者
昭43 1968 島崎隆夫 榊原敏一 島村 聖 3位 4位  
昭44 1969 島崎隆夫 榊原敏一 成田憲明 4位 3位 (秋)松下勝実首位打者
昭45 1970 島崎隆夫 榊原敏一 上岡誠二 4位 3位  
昭46 1971 島崎隆夫 榊原敏一 松下勝実 2位 優勝 (秋)松下勝実:首位打者(2度目)
合宿所現在位置に移転
昭47 1972 島崎隆夫 大戸洋儀 萩野友康 優勝 優勝 3季連続優勝
大学選手権準優勝
昭48 1973 島崎隆夫 大戸洋儀 山下大輔 4位 5位 (春)山下大輔首位打者
昭49 1974 島崎隆夫 大戸洋儀 中島潤一 5位 3位  
昭50 1975 島崎隆夫 大戸洋儀 (春)後藤寿彦
(秋)平野 仁
3位 2位 (春)後藤寿彦三冠王
昭51 1976 十時巌周 福島敦彦 髙多倫正 4位 3位  
昭52 1977 十時巌周 福島敦彦 永嶋滋之 6位 3位 (秋)清水健五首位打者
昭53 1978 十時巌周 福島敦彦 堀場秀孝 3位 2位  
昭54 1979 十時巌周 福島敦彦 中村 哲 3位 3位 (秋)青島健太:シーズン22打点
昭55 1980 十時巌周 福島敦彦 青島健太 4位 5位  
昭56 1981 十時巌周 福島敦彦 小林 宏 6位 5位 小林宏通算62盗塁
昭57 1982 十時巌周 前田祐吉 寺尾勇一 5位 4位  
昭58 1983 十時巌周 前田祐吉 水野英利 3位 2位 米国遠征
昭59 1984 十時巌周 前田祐吉 斉藤頼太郎 4位 3位 上田和明ロス五輪出場
昭60 1985 十時巌周 前田祐吉 遠藤 靖 3位 優勝 57年ぶり無敗優勝
明治神宮大会優勝
(春)相場勤3打席連続HR
昭61 1986 斎藤和久 前田祐吉 石井章夫 2位 3位 (春)加藤健首位打者
(秋)猿田和三首位打者
米国遠征
昭62 1987 斎藤和久 前田祐吉 猿田和三 優勝 5位 大学選手権優勝
昭63 1988 小田英郎 前田祐吉 堤 辰佳 2位 2位 (春) 大森剛三冠王
志村亮5試合53回連続完封
志村亮通算31勝
鈴木哲、大森剛ソウル五輪
ブラジル遠征
平1 1989 小田英郎 前田祐吉 森山健一 4位 4位 (春)高芝秀長首位打者
(秋)若松幸司:ノーヒットノーラン
米国遠征
平2 1990 小田英郎 前田祐吉 橋口博一 3位 3位  
平3 1991 小田英郎 前田祐吉 大久保秀昭 優勝 優勝 小檜山雅仁五輪予選
豪州遠征
平4 1992 小田英郎 前田祐吉 印出順彦 5位 優勝 明治神宮大会優勝
平5 1993 小田英郎 前田祐吉 山田将史 4位 4位 (秋)山下圭首位打者
平6 1994 小田英郎 後藤寿彦 飯端貴志 3位 3位 丸山泰令年間11本塁打
平7 1995 小田英郎 後藤寿彦 高木大成 4位 3位 高木大成五輪予選で活躍
米国遠征
平8 1996 小田英郎 後藤寿彦 加藤貴昭 5位 4位 (春)高橋由伸三冠王
平9 1997 丸山 徹 後藤寿彦 高橋由伸 優勝 2位 大学選手権4強
高橋由伸通算23本塁打
日吉グラウンド人工芝化
平10 1998 丸山 徹 後藤寿彦 高安健至 2位 3位 (春)佐藤友亮首位打者
ブラジル遠征
平11 1999 丸山 徹 後藤寿彦 山口太輔 3位 5位  
平12 2000 丸山 徹 後藤寿彦 山上真吾 4位 優勝 明治神宮大会優勝
台湾遠征、米国遠征
平13 2001 丸山 徹 後藤寿彦 三木 仁 5位 優勝 (秋)喜多隆志:首位打者(.535)
平14 2002 山崎元(春)
前島信(秋)
鬼嶋一司 北原 諭 5位 5位

(春)長田秀一郎:1試合21奪三振

平15 2003 前島 信 鬼嶋一司 田中雄太 3位 3位 早慶戦100周年 米国遠征
平16 2004 前島 信 鬼嶋一司 中村太郎 2位 優勝 明治神宮大会準優勝
(秋)中村太郎首位打者
加藤幹典MVP
平17 2005 前島 信 鬼嶋一司 杉山 淳 2位 5位 リーグ戦通算1000勝達成
平18 2006 前島 信 相場勤 金森宏徳 3位 3位 (秋)岡崎祥昊首位打者
米国遠征
平19 2007 前島 信 相場勤 宮田泰成 3位 3位 加藤幹典通算30勝
通算371奪三振
平20 2008 前島 信 相場勤 相澤宏輔 3位 2位 (春)小野寺和也:首位打者
ブラジル遠征
平21 2009 前島 信 相場勤 漆畑哲也 4位 2位 (秋)小野寺和也:首位打者(2度目)
米国遠征
平22 2010 前島 信 江藤省三 湯本達司 優勝 2位 (春)竹内大助:ノーヒットノーラン
大学選手権4強
(秋)早稲田大学と優勝決定戦
平23 2011 岡浩太郎 江藤省三 伊藤隼太 優勝 5位 (春)伊藤隼太:三冠王まであと1安打
伊藤隼太MVP
大学選手権準優勝
平24 2012 岡浩太郎 江藤省三 山﨑錬 3位 3位  (春)阿加多直樹:首位打者
平25 2013 岡浩太郎 江藤省三 堀野真 5位 4位 (秋)加嶋宏毅:ノーヒットノーラン
創部125周年 早慶戦110周年
日吉グラウンド人工芝張替
 平26  2014  岡浩太郎  竹内秀夫  佐藤旭  優勝  4位

(春)加藤拓也:最優秀防御率
竹内惇MVP

 平27  2015  岡浩太郎  大久保秀昭  横尾俊建 3位 3位

(秋)連盟史上初3者連続本塁打
(横尾・谷田・山口)
横尾:4試合連続本塁打(最多タイ)
加藤拓也:最優秀防御率(2度目)

 平28 2016 岡浩太郎  大久保秀昭  重田清一 4位 2位 

米国遠征
(秋)加藤拓也:ノーヒットノーラン、300奪三振
山本瑛大:首位打者

 平29 2017 岡浩太郎  大久保秀昭  照屋塁 2位  

(春)連盟史上初1試合2本満塁本塁打
(清水翔太・柳町)

 

【注釈】
*1
 昭和8(1933)年10月22日早慶戦3回戦 六大学野球史上の汚点”リンゴ事件”

リンゴ事件に関しては早慶両サイドで捉え方が異なりますが、 昭和11年度勝川正義主将が”リンゴ事件の思出”と題したコメントを 『慶應義塾野球部史』に寄せています。(以下抜粋)

“最終回に水原君と僕とが守備につこうと小走りに三塁コーチャーライン近くを通った時、そこにリンゴの噛りさしが落ちていた。 勿論これは三塁側早稲田応援団の中からグランドに投げ込まれたものだ。 水原君はそのリンゴを拾って早稲田応援団の方へアンダースロー気味で、塀の下へ片付けたのであった。 勿論其時はなんでもなかった。私もそれを何気なく見ていた。これが大事件になろうとは其時考えもしない事だった。試合が塾の逆転勝で終り一同ベンチに引上げて来た時、突然数拾名の早大学生がスタンドに下りて来て、水原君に「謝れ謝れ」と叫びながら塾のベンチへ走って来た。 我々選手は何が起ったのか解らず呆然としていたが、やがて、水原君が早大応援団席めがけてリンゴを投込んだのだから謝れと云っているのだと分かった。”

 

*2

第二次世界大戦のために、昭和18年に六大学野球連盟は一時解散します。当時の文部省は「野球は敵性スポーツなり」として弾圧、六大学リーグの解散の厳命、甲子園の全国中等野球大会も中止となりました。

 

【参考文献】

『神宮へ行こう』  松尾俊治 著 慶應義塾出版会 2000

『慶應義塾野球部史』  慶應義塾大学野球部

※当ページは著者の了解のもと作成しております。

 

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